母と私の奇跡の介添えストーリー#12

「繊細な…人生のトンネル」


2021年 9月友引


母は一階のリビングから姿がなくなった。

歩行はつかまり立ちでスウェットパンツを腰の位置まで引き上げることができない。

お尻は骨がハッキリ見えておりクッションがなければ痛くて座ることもできない。

そんな母は口癖のように「私は元気なの」と言う。

周囲からみれば疑問だらけな発言である。

休日にドライブ行った時、ふと見覚えのある景色が飛び込んできた。

その場所は鎌倉…

母は鎌倉が大好きで鶴岡八幡宮やレストラン、店に飾るインテリア雑貨店などひとりで出かけていた。

私を共にする時はグルメ巡りが中心で、勉強熱心でした。

見る景色すべてが母と歩いてたのを思い出す。

少し前の鎌倉はテナント募集の張り紙が貼られ閑散としてましたが、

今は素敵な建物が増えて魅力的なお店が並んでいる。

母とまた、この鎌倉を歩きたい。

母は仏になる為に生きて静かに過ごすこと目標としてるのは間違いではないが、

楽しむことを忘れている。

これからも日々の小さな奇跡の積み重ねを信じたい。


次の日…

母にドライブしたことを伝えると、

私:「お母さん、鎌倉にまた行こうよ、お母さんの好きなお店沢山あったよ。私、お母さんとまた歩きたいよ!」

母はなにかを感じたのか目を見開いた。

母:「鎌倉…行きたいなぁ。」

私:「車出すから、車椅子もって日光浴しよう!気分が良くなるし、山も見に行こう。」

母:「うん…」

私は、今できることをやる。

その決意をお天道様に祈るとこんなカタチで答えてくれた。

ハロ

私の行動をいつも見守ってくれてる証なのでしょう。

この日を迎えるにあたって自然界は私を歓迎してくれてる。

仕事の帰り私の左肩に緑色のトンボが止まった。

また早朝にアゲハ蝶が挨拶にきた。

こんなことに小さな幸せを感じる。

母の世話を済ませ帰ろうとすると、父は店の相談してきた。

避けては通れない身内の揉め事に困惑していた。

私:「人は、困った時に手をかすんだよ。なんで助けてあげないの?自分を最優先してきたツケだよ。」

父は黙っていた。

母のこと、店のことを真剣に考える時期がきた。


2021年9月先負

今日は、介護保険の申請の為、看護師が来る。

母は面倒くさがっていた。

血圧や酸素量を計り母のデータをみるなり冷静な判断を下した。

看護師:「この状態は訪問看護でなんとかできるレベルではありません。即、緊急入院を勧めます。」

親戚の叔母さんは心配な顔つきで看護師の言葉に耳を傾けている。

今まで入院したことのない病院は未知な世界。

30分後、看護師に促されるよう救急車に乗った。

私は救急隊に身体症状を伝え、搬送先の病院に着くと母は別室に消えた。

担当医が決まり私が以前から気になってた疑問を聞いてみた。

「なぜ食欲が低下したのか?」

「どうしてこんなことになったのか?」

今までの病気経過報告を伝えると担当医は汲み取り

「検査を進めてみます」と母のいる処置室に向かった。

16時から検査が始まり再び呼ばれたのは20時。

母は酸素のパイプをつけ眠っている。

担当医が病名を告げた。

膿胸(肺に膿が溜まっている病気)

簡単な説明をしてから担当医はしばらく姿を現さなかった。

もうすこし早く気づいていれば、

もっと真剣に向き合ってくれる医師に出会っていたらこんな重症にならなかったでしょう。

とりあえず今の医師に診てもらえると思い安心していたら、看護師にこう言われた。

「ここの病院の集中治療室が満床で転院先を探している」と告げられた。

一瞬で不安になり心の中で

「大丈夫…大丈夫…きっと大丈夫…」

と自分に暗示をかけた。

点滴の交換のランプがなり響く中ERは緊急受け入れと急患で診察室は慌ただしい。

母はこの状況を知らず寝ている。

私は母と交わした会話を思いだす。


母:「貴方は私に… お母さんの娘で良かったって言ったことないなぁ… 」

私:「えっ…私言ってなかったっけ?」

母:「うん… わかるか、言葉は大事なんだよ。」

私:「お母さん、私は貴方の娘でよかったよ。」

そう伝えると満足気な顔をしていた。

転院先が見つかった。

母の病名を突き止めた医師に一礼して

その場を後にした。


そして時刻は22時。

転院先に着くとまた検査が始まった。

看護師の作業は手早く母の手にはいくつものパイプが刺され

細い体のあちこちに管を差し込まれている。

見るに耐えられない姿で横たわっている。

母に病名を伝え勇気づけたが、母は覚悟を決めているのか死んだ後の話をする。

母:「おばあちゃんから引き継いだテーブルクロスがリビングのどこかにあるんだ、探してくれ。オレがいったらそれを引いて皆んなでお茶を飲んでくれよ。あと、店の角のテーブル席で従業員とこのクロスでコーヒーを飲んで私を見送って欲しい。」

と言い尽くしぐったりした。

時刻は夜中の2時。

母が無事に家に帰れることを願い

私は眠りに着いた。